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全日本プロフェッショナル競技ダンス選手会設立

日記 2016.06.15 Wednesday PSJ

6月14日(火)日本記者クラブにて現在日本国内に散在する
プロ競技ダンス組織の選手会を包括する新組織
『全日本プロフェッショナル競技ダンス選手会 ABDC』
の設立発表記者会見を開催いたしました。



日本記者クラブ。皆様ご存じでしょうけどもそれはもう立派な会場です。
写真で見ると記者とABDC執行部(金光・田原・庄司・稲川顧問)の間に
スペースがあるのがわかりますね。実はダンスフロアが敷いてあります。
会見の最初と最後に行うダンスデモンストレーションのためです。
本池組と瀬古組がトップバッターとしてデュアルを踊らせていただきましたが
こんなに緊張して踊ったのは初めてでした(;^_^A

会見は各競技組織の代表者をはじめダンス関連企業、報道関係者に囲まれ
張り詰めた雰囲気の中ABDCの理念や活動指針について説明されました。

ABDCの賛同人の激励のスピーチが行われる中
僕の敬愛する黄帝心仙人も賛同人のひとりとしてダンスパフォーマンスを
披露していただきました。一昨年のももクロライブ共演以降お会いするのは久々でしたが
この賛同にも快くお返事をいただきました。
パフォーマンスを間近で見てうかつにも涙を流してしまいました。



山東昭子参院議員や、芸能事務所プロダクション尾木の尾木徹社長
女優の草村礼子様をはじめ錚々たる方々が賛同人として名を連ねています。
「社交ダンスの選手会がまとまります!」
というだけではニュースにならなかったでしょう。
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1663105.html
ネットではこの日刊スポーツさんの記事がヤフーニュースや
朝日新聞デジタルなど各ニュースサイトに拡散されています。

しかしここは業界紙であるダンスファンさんの記事が一番。
http://dancefan.jp/news/archives/184

さて
日本にはプロ競技ダンスの団体は複数存在しており
2011年、東日本大震災において各団体のプロ選手会は
それぞれに被災地支援活動を行っておりました。
しかし別個に行われていた支援活動を共に行う事で
非常に大きな力となる事を初めて認識し
4団体の選手会により任意団体である
CCJ(The Competitors Commission of Japan)が結成されました。

ダンス界を盛り上げるために我々選手ができることは
『団体の垣根を越えた大同団結』であり
団体同士のバランスを保ちながら協力していけるような
体制を築くことがこれからの我々の課題であると認識し
日本のダンス界発展に寄与するため
国内各団体の選手会を包括する統一選手会として
ABDC(All Japan Professional Ballroom Dance Competitor’s Commission)
の設立に至りました。

愛好家がダンスを楽しみ、選手が輝ける場を選手自身で獲得するため、
若い世代の選手やダンスの楽しさに目覚めた子供たちのため、
ダンス大国日本の復活に向けて一丸となって努力する所存であります。

というものがこのABDCの趣意書の概要です。
現在東部圏内の選手会を中心にJDC中部、九州が参入していますが
様子を伺っている他総局の選手にメッセージを送ります。
ロンドン生活での愛読書『ゴルゴ13』第115巻解説(杉森昌武)を読んでいて
心打たれたので抜粋しました。
関ヶ原の戦いで敗れ、豊臣政権の重鎮たる地位から一介の外様の藩に転落した毛利家では、毎年正月に藩主と重臣が集い、徳川幕藩体制を打破する時期について密議したと言われている。
「殿、いよいよ今年こそ幕府打倒の時期でしょうか」「いや、まだその時期ではない。今少し待とう」といったやり取りを儀礼化させながら、彼らは、幕府の力が弱り、徳川氏に反感を持つ雄潘が立ち上がって連携し、世論もそれを後押しする、そんな機が熟す時を、二百数十年待ち続けた。

しかしながら、いざそうした時代が到来しても、彼らは歴史の主役となることはなかった。彼らはただ待っていただけだったのである。激動の時代を迎えて、実際に世の中を変革し、新しい時代の扉を開いて行ったのは、彼らが軽んじてきた身分の低い下級武士たちだった。

勤王の志士と呼ばれたそれらの若者たちは、時代の波に翻弄されながらも、無我夢中で走り続けているうちに、日本の現状について把握し、世界の情勢について学んでいった。さらに、日本の将来はどうあるべきかを真剣に悩み、訴え、行動した結果、明治維新という改革を成就させたのだった。

彼らは、毛利の藩主や重臣たちのように、ただ時を待っていたのではなく、また誰かがそういう状況を作り上げてくれることを期待していたのではなく、自らが主体者となって時代の空気を作り上げていったのである。
どうですか?勇気が湧いてきたでしょう?
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